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ochang1977の日記

現在都内でデザイン関係の仕事をしています。昨年秋まで約5年間台湾で生活していた関係で、ブログの日記も台湾で経験したことなどがメインテーマになるかもしれませんがどうぞよろしくお願いします。

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国立西洋美術館

7月17日、日本にまた嬉しいニュースが飛び込んできた。

近代建築の大巨匠ル・コルビュジェの建築群がこのたび世界遺産に登録され、日本で唯一の彼の作品である国立西洋美術館もその1つであり、日本国内で20件目の世界遺産の誕生となった。日本国内の世界遺産については下記の写真素材アフロのサイトにある情報が分かりやすい。

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【日本の世界遺産(写真素材のアフロより)】

http://www.aflo.com/creative/wrldheritage/japan.html?s=m

 ニュースが報道された翌日18日には早朝から美術館前に300名を超える長蛇の列ができたらしい。ちょうど三連休最後のその日、僕は西洋美術館ではなく、同じ上野の東京都美術館で開催されている「ポンピドゥーセンター傑作展」を見に行ったのだが、そのときちょうど西洋美術館前を通過した。時間は午後3時くらいだったので、報道よりは少なかったのだが、それでも入り口付近にはまだ数十名の行列ができていた。

炎天下の中僕は目的地である東京都美術館へ向かったため西洋美術館の内部へは足を踏み入れなかったのだが、やはり世界遺産登録のニュースがあったため外観を思わずパシャリ。

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今回の世界遺産は「ル・コルビュジェの建築作品群」ということで7か国にわたる全17作品がリストアップされていたわけだが、正直コルビュジェの作品の中でこの西洋美術館はそれほど特筆すべき作品ではない。実際これまで2度ほど世界遺産の登録審査にかけられ2度とも不登録となっていた。聞くところによると、これまではコルビュジェという建築家が近代建築の発展に多大なる影響を与えた、ということをかなり強調していたようだが、世界遺産は人物に対して与えるものではないとの主張から登録を見合されていたようである。今回はコルビュジェの作品がいかに影響を与えたか、という点から登録に至ったようである。

特に日本で唯一のコルビュジェ作品は、その作品単体がすばらしいというより彼が日本の建築界および建築家に与えた影響の方が重要である。日本人で初めて建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞を受賞した故丹下健三は、コルビュジェに憧れ建築を志し、代々木体育館や東京カテドラル聖マリア大聖堂など数多くの名作を世に残した。

コルビュジェに「次の時代のリーダーは誰か」と聞いた際コルビュジェ本人の口から「日本のタンゲ」という答えが返ってきたというエピソードがあるぐらい丹下健三の名前と作品は近代建築の巨匠のもとへまで轟いていたのである。

この“コルビュジェ”という名前、あまり知られていないが本名ではなくペンネームである。本名はシャルル=エドゥアール・ジャンヌレ=グリっていう長ったらしい名前。に対して“コルビュジェ”とは“カラス君”みたいな感じの呼び名らしい。なぜ自分でそのように名付けたのかは謎であるが...

今回世界遺産に登録された彼の作品群についても同様にアフロのサイトの写真が分かりやすいと思う。

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ル・コルビュジェの建築作品(写真素材のアフロより)】

http://www.aflo.com/sys/common/feature_second.asp?cid=301885

 その中で、彼が自分と愛妻のために設計したのが、サイトの真ん中あたりにあるカップ・マルタンの休暇小屋。僅か8畳ほどの広さの小さな小屋だが、晩年の彼はここに赴き前面に広がる地中海で遊泳を楽しんでいたらしい。しかし1965年コルビュジェが78歳の時このカップ・マルタンで遊泳中心臓発作を起こしてしまい亡くなってしまったようだ。

今回彼の没後半世紀たってようやく一連の作品群が世界遺産登録された。少し時間がかかりすぎた感もあるが天国のコルもきっと喜んでいることだろう。